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管理者室より 2022年度

記事ID:0002723 更新日:2022年8月22日更新 印刷ページ表示

No192 耳にした「常識」

私は休日の朝は雨が降っていない限りウォーキングをすることにしています。始めた動機などはNo121の「ウォーキング」に書いていますが、それまでは三日坊主で終わっていた私の一念発起は6年過ぎても続いています。自宅を出てすぐの小さな通りを右に曲がるか左に曲がるかで川沿いの道を歩くか田んぼ道を歩くかが決まりますが、どちらにせよ途中で必ずお祈りをする小さな祠があります。
おおよそ1か月前の土曜日の6時ごろ、その日もイヤホンをつけ音楽を聴きながら歩いていました。いつものように祠の近くにやってきましたが、その近くの道端で70歳代とおぼしき二人の男性が何やら話をされていました。私は耳からイヤホンを外し祠の前に立ち、二礼二拍手の後お祈りを始めようとしましたが、二人の会話が耳に入り、つい耳をそば立ててしまいました。

「医者はよう儲かるんじゃ」
「そうなんか?」
「そうじゃ、がんの患者がひとりおったら2,000万円病院に入るんじゃ、そりゃ常識じゃ。じゃけ、患者を離さんのよ」

初めて耳にする常識でした。「そんなことはありませんよ」と声が出そうになりましたが、それ以上は聞かないようにイヤホンをつけ、神様には失礼ながら音楽を流しつつ急いでお祈りをすませ祠を離れました。

私は大学を卒業してからずっと勤務医を続けています。医師になってすぐの4年間は民間病院に勤務しましたが、それ以外は大学病院、国立病院、市立病院、赤十字病院に勤務しました。民間病院に勤務していたころ、高校の同窓会で保険会社に就職した友人と収入の比較をしたことがありますが私のほうが低額でした。公立病院の勤務医ならば言わずもがなです。私や私の家内のお金の使い方に問題があるのかもしれませんが、今でも儲かってはいません。

病院の利益率はどれくらいか、「常識じゃ」と言われた方はご存じないのでしょう。2020年度のこの国の病院の利益率は新型コロナの影響もあってマイナス0.9%で、儲けはなしでした。その前の年は1.2%でしたが、それにしてもその他の業界と比べると雲泥の差で、この国のトップの業界の利益率は消費者金融18.3%、ネット証券17.5%、携帯電話13%などとなっています。

確かにがんの治療に使用する薬剤は種類も増え高額になっています。この薬やあの薬の効果がなくなれば作用機序の異なる次の薬が使えるようになってきています。しかし、病院に入る収入の総額は増えるにしても、人件費やそれらの薬を購入する費用は支払わなければなりません。高点数(高額)の手術をしてもそれに関わる医師や看護師さん、術後のリハビリを担当してくれる療法士の人たちに給料を支払わなければなりません。薬剤を購入する際には消費税がかかりますが、医療費に消費税は導入されていません。がん患者さんがいれば病院が儲かるような構図にはなっていないのです。「常識じゃ」は「常識」ではないのです。

私自身の「常識」もみんなの「常識」ではないかもしれません。注意をしなければ、と感じた出来事でした。

福山市病院事業管理者 高倉範尚

No191 まだまだコロナ

この「管理者室より」を4月に再開しました。4月、5月はコロナの話、6月はコロナ禍の中でも京都へ一泊二日の小旅行に出かけた話を書きました。そして7月はついにコロナの「コ」の字も出てこない、自動車教習所での認知症テストの話を書き、「管理者室より」の世界にも日常が戻ってきた、と思っていたのですが、今また「爆発」が起こっています。まだまだコロナです。

この度の第7波、半端ない感染力です。7月に入ってから職員の感染が急増しています。2021年はわずか3人だけだった職員の感染ですが、2022年になってからこれまでに70人を超える職員が感染し、特に7月以降、1か月も経たない間に30人を超えて感染者が発生しています。オミクロンの変異株BA.5はBA.1やBA.2に比べ感染力が強く、潜伏期間も短いようです。毎日公表される感染者数はすさまじい勢いで増加し、この国では1日20万人を超える感染者数が報じられています。都道府県別の感染者数も多くの地域で過去最高を記録し、7月28日には福山市でも644人と過去最高の新規患者が報告されました。
職員の感染は病院にとっては大きな問題です。職員が感染すれば必ず院内で会議を開き、感染経路、院内での感染の拡がり、病院として取るべき対策(診療制限の必要性など)などを話し合います。医師や看護師など直接患者さんに関わる人たちから陽性者が出ると一定の期間、病棟を閉鎖し新たな入院患者の受け入れ停止などを行います。そのような事態になれば通常医療にも大きな影響が出ます。これまで、救急患者の受け入れを停止したことはありませんが、これ以上感染が拡大していけば、受け入れ病床や医療者不足のために通常医療が提供できなくなる可能性もあり、この先どうなっていくのか少し心配をしています。JR九州が乗務員不足のために特急を10日間で延べ120本運休にしましたが、他人事ではないと感じています。

この2年少しの間に新型コロナについて知見も得ました。BA.5といえどもウィルス自らが自分の意思で動き回り、人に伝播することはありません。必要以上に恐れる必要はなく、一人ひとりがマスク、手洗い、三密防止、黙食、目の保護、換気など、時と場所を考えた基本的な感染対策を続けていくことが肝要のようです。以下に実話です。

今年の4月、東京に住む小1の子が、そして7月にはその兄の小5の子が新型コロナに感染しました。4月の時も7月の時も、感染した子どもは自宅療養をしていましたが、他の3人の同居の家族には感染が拡がりませんでした。この家族が住む家は一軒家ではなく、昔ながらの狭いアパート(官舎)です。行ったことは基本的な感染対策だけ、と言っていました。私は同居していれば感染するだろうと思っていましたが間違っていたようです。

今朝、BA.2の派生株であるBA.2.75(ケンタウロス)の感染者が国内で発見されたと報道されていました。BA.5の3倍の感染力とのことです。基本的な感染対策、しっかり行わなければいけません。基本に立ち返りましょう。「本立而道生(本立ちて道生ず)」です。

福山市病院事業管理者 高倉範尚

No190 あるテスト

今回の話は院内の皆さんにはほとんど興味がない話だと思いますが、ホームページからこのコーナーを読んでくれている私と同世代の人には多少は役に立つかもしれないので書くことにしました。テストの話です。
テスト週間のあった中学生時代から大学を卒業するまで、どのような試験であれ、それが終わった後には、一種の心地よい解放感がありましたが、今回のテストの後には心地よさはなく、次回の憂鬱が残りました。

今年の4月頃、警察署から運転免許更新に伴う認知症テストと高齢者研修(座学と運転実技)の案内が届きました。座学や実技はともかく、認知症テストを受けなければならないのはストレスでした。というのも、私の恩師のN先生から、「認知症テストは結構大変だった」と聞いていたからです。N先生ほどの先生がそうなら、最近物覚えでは家内に負けている私はどうだろうか、と思っていました。
これまで私が受けてきたテストの多くは理解と少しの記憶で大丈夫、つまり頑張ればなんとかなるテストです。認知症テストは頑張ればどうにかなるようなテストではありません。今思えばネット検索をして、そのテストがどのようなものかを調べておいてもよかったのですが、それもしていませんでした。
予約した日、教習所の集合場所に行くと同世代の人が5人、思わず姿、形をチェックした自分がいましたが、見た目の若さと認知症は関係ないと頭を振りました。さて認知症テストです。動物や昆虫、電気製品、野菜などが1枚に四つ書かれたスライドを4枚見ます。併せて16の「もの」の絵を見るわけです。1枚のスライドにつき1~2分の見る時間は与えられます。この後、紙面にランダムに書かれた数字のうち、指定された数字を線で消していく作業を2回やらされます。やはり1回2分くらいでしょうか。そしてその後、最初に見た16種類の「もの」の名前を解答用紙に書いていきます。さて、普通どの程度できるものでしょうか?私はしっかり覚えている「もの」しか書きませんでした。次に、教官の合図でページをめくると、電気製品、楽器、学用品などと解答マスの中にヒントが書かれた用紙が出てきましたが、このヒントを見た後は全て書くことが出来ました。この日はテストを受けた全員が合格でしたが、高齢者は交通違反をするたびにこの認知症テストを受けなければならないようです。このテスト、終わっても何の爽快感も得られませんでした。
この日の研修では、視野や動体視力、夜間視力などの検査もしました。日頃運転に不自由は感じていなくても実際は相当低下していることも分かりました。私の勤務している病院は救命救急センターを併設しており、痛ましい交通事故の患者さんも搬送されてきます。車自体の安全性も改善されていますが、最後は人、運転者ひとりひとりの安全意識が第一だと改めて研修を受けて感じました。
さて皆さんに問題です。黄色信号は、進め、注意して進め、停まれ、のどれが正解でしょうか?

福山市病院事業管理者 高倉範尚

No189 2年ぶりの一泊二日

 ゴールデンウィークの前半、一泊二日で京都辺りに出かけましたが、京都を観光するのではなく、同郷の先輩の版画展を鑑賞したり、長く会っていない従姉夫妻や友人、弟などと顔を合わせる旅でした。
 2年前の1月の終わり、泊りがけの東京出張に出かけましたが、自宅や借りているコーポ以外で寝泊まりするのはその時以来、また、東に向かって新幹線に乗るのも2年ぶり、まるで子どもの頃の遠足のように前日から興奮していました。
 版画展を開いた故郷の先輩は実は父の従弟にあたる人で、展覧会には大阪近郊の消えていく建物や風景、四国八十八カ所の寺々などの版画や原画が展示してあり、ご本人から制作に関わる話も伺いました。
 そもそも「展覧会」に行ってみようと思ったきっかけは、私自身もこの先どれだけ元気でいられるかは分からず、以前、秋元康さんの「象の背中」を読んだ時にそんなことを思った記憶もあって、大切な人たちにはなるべく会っておくほうが良い、と思ったからです。この展覧会に集まったのは、生まれた家もごく近くの同級生と一級下の後輩、そして私の弟です。版画を見た後、四人でギャラリー近くの食堂で蕎麦を食べましたが、なんと腰を上げるまで二時間、ほとんど記憶にないほど軽食に時間を使ってしまいました。コロナの時代に医療者としてあるまじきことでしたが、自宅へ帰った同級生を除き、残りの3人は宿泊した京都のホテルの近くで「おばんざい」タイムを過ごし、そして高校の後輩が経営している祇園の、とあるBARで時間を過ごしたのでした。このBARにはあらゆるジャンルのレコードやCDが置いてあり、それぞれが「曲にまつわる話」をしリクエストするという趣向で音楽を聴き、「そろそろ」と言われるまで何十年振りかに、夜の更けるのも忘れて時間と空間を楽しみました。
 翌日は弟と二人で、伏見に住んでおられる従姉と、クリニックの診療はご子息に任せて今はもう第一線を退かれている従姉のご主人を訪ねました。私の母親は多くの兄姉の末っ子で、母の兄姉の子どもたちは私とはずいぶん離れていたのですが、この度訪ねた従姉は母の実家に行った際にはいちばん話もし、可愛がってもらった記憶もある従姉で、私が医学部に入学した際には、「医師になるのなら読んでおくほうがいい」と言って、クローニンの「城砦」と「人生の途上にて」を戴きました。生来怠け者の私が大学を卒業して以来、まっすぐに外科医療に取り組んでこられたことや、どのような患者さんであっても正面から向き合って来られたことも、この医療者のガイドとなるような本を読んだこと、そして父の「恥を意識せよ」という教えがあったからだと思っています。
 「象の背中」は、余命を宣告された男性が忘れられない人たちに別れを告げに訪ねていくというストーリーで、そこに男性の家族やかつての恋人が絡んでいく話だったと記憶しています。私は同じことをしようとは思いませんが、これまでもそうだったように、人との触れ合いを大切にしてこれからも生きていきたいと思っています。

福山市病院事業管理者 高倉範尚

No188 コロナ第2弾 -3年目のコロナ-

この国で新型コロナウイルスの感染が最初に報告されたのは2年前(2020年)の1月中頃でしたが、多くの人が意識をしだしたのはその後のダイヤモンドプリンセス号の報道からだったと思います。その当時、2年を超えてまだ感染が収束せずに続いていると思っていた人がどれほどいたでしょうか。100年前のスペイン風邪は収束まで3年かかった、とか言われていましたが、100年前と今では時代が違う、ワクチンも出るだろう、そこまではかからないと私は思っていました。

この新型コロナの感染の中で、われわれはこれまでとは違った考えやスタイルで仕事や生活をせざるを得なくなりました。コロナ以前はマスクをつけた人を見かけるのは冬のインフルエンザの流行期や花粉が飛ぶ頃でしかなかったのですが、今はもう、マスクをしていない人を見かけることが珍しくなっています。多数の人が集まり飲食を行うことも全くなくなりました。旧友と顔を合わせるのが楽しみだった学会もオンラインで参加し、現地に行くことはなくなりました。「日頃から体温測定や体調チェックはしっかりと」、「おかしいと思ったら出勤しない、人と会わない」、「外出はマスクをつけて、人混みは避ける」、「大勢では集まらない」、「飲食は少人数で健康管理ができている知人とだけ」、こんなことが当たり前になっています。われわれはコロナ前の日常に戻れるのでしょうか。あるいはこの不便さが当たり前になるのでしょうか。
それにしても海外(欧米)の映像を見るとマスクをせずに大勢の人が集まり、コロナ前の様子とほとんど変わらないのではないか、と思うほどです。当初は厳しいロックダウンを行っていたのに、と思います。今はとにかく早い時期に感染による自然免疫とワクチンによる免疫で社会全体に集団免疫をつけてしまおう、という考えなのでしょうか。中国は違います。今なお徹底した「封じ込み作戦」を続けています。最近は少しほころびも出ているようですが、上海のロックダウンの画像を見ると、ここまでよくできるものだと思います。さて、容認と規制、どちらが正解なのでしょうか。
この国の感染対策はある意味中途半端にも思えますが、それでも感染者の数は欧米と比べれば少なく、またなんといっても亡くなった人の数も少数で、感染者に占める死亡者数は世界平均の1/4です。国民性にもよると思いますが、それなりに頑張ってきたと言えると思います。ただ最近、若い人のワクチン接種がなかなか進まないことや、感染力が強いオミクロン株の亜種が増えていることなどから、この国の感染対策も「コロナとの共存」へと舵を切りそうな感じです。社会を回していくには回す場と人を確保することが必要です。医療で言えば、医療を行う医療施設と医療従事者が必要です。限られた医療施設、限られた医療者だけの対応では医療崩壊も起こり得ますが、インフルエンザのようにすべての医療機関が外来診療や入院診療を行うようになれば、医療の逼迫問題も解消されるのではないかと思っています。
さて、これからの新型コロナウイルス感染症への対応、どうなっていくのでしょうか。

福山市病院事業管理者 高倉範尚

No187 コロナ禍の4月

「管理者室より」への投稿を最後に行ったのは2019年(令和元年)の12月で、その表題は「令和元年の想い」でした。改元当時、「令和」の意味を「人々が美しく心を寄せ合う中で文化が育つ」と時の首相が説明され、良い年になればいいがと思っていましたが、令和元年は豪雨災害も起こったり、また病院にとっても逆風の年であった、と私は「令和元年の想い」に記しています。
その最後の投稿から2年少しが経過しましたが、この2年の間はそれまで全く思いもしなかった日々が続いています。新型コロナウイルス感染症の世界です。2020年2月のダイヤモンドプリンセス号の報道以来今日まで、新型コロナに係わる報道を目にしない日はありません。私の勤務する病院で最初に新型コロナの患者さんが入院されたのは2020年3月20日ですが、それ以来今日まで約500人の患者さんが入院されました。病院ではこの2年の間、150回ものコロナ対策会議が定期的に(感染拡大時には週に何度も)開かれ、院内の感染症対策にさまざまな提言をしてくれています。入院時のPCR検査では陰性だった患者さんが入院後に発熱したため再検査をしたら陽性になったケースや当院の職員自身の感染など、怖い思いもしていますが、幸い今まで院内感染は発生しておらず、日頃の感染に対する職員の意識の高さ、それを啓蒙している感染対策室職員の努力に感謝をするばかりです。
さて、この感染症の行く末はどうなるのでしょうか。感染者が減少し、真の意味で収束していくのでしょうか。それとも2類の感染症からインフルエンザのような5類感染症となりマスコミに取り上げられることも少なくなるのでしょうか。第6波はどこの地域でもそれまでに比べて減少の程度が少なく、患者数が比較的多いにもかかわらず重点措置が解除され、そうこうしているうちに3月末には「第7波の入り口」などと言われています。まだまだ先は見えないと感じています。

3月は別れ、4月は出会い、そのシーンを彩るのが桜でしょうか。この時期の出会いや別れにはその光景のどこかに桜の咲くさま、散るさまがあるように思います。子どもの頃は出会いの喜びが大きく、桜も満開の桜を見たいと思っていたように記憶していますが、今は散る桜に共感を覚えています。小雨降る夕暮れの散る桜になぜか胸の痛みを感じるときもあります。今年もいろいろな別れがありましたが、去る人の人生に多くの幸せがあることを願っています。

コロナ禍であっても時は動いていきます。2年間十分我慢をしてきました。安全に気を配りながら少しずつ活動量を上げていかなくてはと思って、「管理者室より」を再開することにしました。

どうかよろしくお願いいたします。

福山市病院事業管理者 高倉範尚


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