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乳腺甲状腺外科統括科長 池田 雅彦
欧米に追随するかのように、日本でも女性のがんの罹患率1位は乳がんになって何年にもなります。最新の統計によると、日本人女性の約20人に1人は乳がんを患うと言われています。恐ろしい時代になったものです。乳がんは患者数がとても多い疾患であることも特徴ですが、その治療法が極めて多岐にわたり複雑であるのも特徴です。特に、がんの性質に合わせた個別化薬物療法の進歩は近年目覚ましく、治せる可能性がとても高くなったがんと言えます。また、不幸にして全身に再発した場合でも薬物療法によって長期的にがんの進行を食い止めることが可能です。本稿では、なかなか分かりづらい乳がん診療を、できるだけ分かりやすく解説します。
乳がんの診断には、医療者の側に、かなりの専門的知識と技術が必要です。まず、乳腺に何かしらの異常を感じたら、あるいは乳がん検診(マンモグラフィ、触診など)で異常を指摘されたら、最も大切なことは乳腺疾患の診療を専門、あるいは得意とする医師のもとを受診することです。マンモグラフィを設置して乳腺疾患の診療を専門として開業されているクリニックもありますし、総合病院であれば“乳腺外科”とか、“乳腺・内分泌外科”とか、当院のように“乳腺甲状腺外科”と称して診療する科があります。日本乳癌学会のホームページには全国の乳腺専門医や認定医が公開されていますし、マンモグラフィ精度管理中央委員会のホームページには、全国のマンモグラフィ読影認定医が公開されていますので、参考になさってください。自分で判断が難しければ、かかりつけの先生に紹介状を書いてもらうのがよいでしょう。乳がんの診断にはマンモグラフィ、超音波検査、MRI検査、細胞診、針生検、マンモトーム生検などを状態に合わせて行いますが、詳細は割愛します。なお、乳腺の場合、がんではない良性のものが途中からがんに変化することは医学的にはありませんので、検査で乳がんでなければ手術をすることはほとんどありません。
乳がんの治療は
以上がうまく組み合わさって初めて“根治的治療”となります。3つのうちどれが欠けても不完全な治療になってしまいます。マンモグラフィや超音波でしかとらえられない乳がんの場合、多くは真の意味での早期発見ですので、手術だけで治ってしまう可能性が高いと言えますが、乳がんは他のがんに比べるととてもゆっくり進行することが特徴で、しこりを触れるような乳がんは、たとえ大きさが1cmほどであっても発生から平均約10年が経過しています。つまり、見つかったときにはすでに全身にがん細胞が循環してしまい、どんな精密検査でも検出することができないようなミクロの転移が肺、肝臓、骨などの臓器に生じていることが、ままあります(このような転移を“微小転移”といいます)。乳がんは全身病の性格が強いがんですので、たとえ小さくても油断は禁物です。手術後の病理検査結果で、この“微小転移”が生じているかもしれない確率を、ある程度推測することが大切です。つまり、われわれ医師は“乳がんは全身病”であることを大前提に治療を組み立てますので、手術は乳がんを治すための手段の一つであることを理解してください。手術以外の薬物療法や放射線療法が極めて重要なのは、いくらかは生じているかもしれない“微小転移”を撲滅させるためなのです。微小転移を撲滅させなければ、いくらいい手術を受けてもいつかは乳がんが全身に再発します。わかりにくい乳がん治療のポイントはまさにここにあります。幸い、乳がんは薬や放射線がとても効きやすいがんなので、全身の転移が“微小転移の状態”であればこれらで消失させることが可能です。残念ながら現在の日本では、“微小転移”がある程度の確率で存在する状態で乳がんが発見される方がかなりの多数を占めます。しかしながら、薬や放射線を駆使して手術前後に頑張っていただくことで、多くの患者さんを乳がんという病気あるいは再発の恐怖から解放してあげることが可能なことも医療の世界では常識ですし、科学の目で見ても歴然たる事実です。マンモグラフィによる早期発見に勝る良薬はないことは私も同感ですが、そればかりがもてはやされることには少々違和感を覚えますし、早期発見されなくても科学の力で何とかなる方が多いのも乳がんの特徴であることを乳がん治療医として強調したいと思います。
乳がんはゆっくりと進行する「全身病」
―微小転移の撲滅が重要
マンモグラフィによる早期発見に勝る良薬はなし